子ども達が、ものごとを多角的にとらえる目を養うと、トラブルは小さい。

2023年11月17日

物事を直接的に見てしまうと、本質や隠れていることや大切なことを見逃してしまい、誤解や争いなど、トラブルな出来事になってしまうことが多い。余裕のない子ども達に見られる最近の傾向。

☆私のアート教室では、『世界観』を大切にしています。😊

『全体を見る』という、とても大切なことですが、世間では、おろそかにされやすい。

物事を多方面から、とらえるようになると、一見(いっけん)、『これは、問題だ!』と思える事でも、違う角度で見ると、さほど問題でもなくて、飛躍するチャンスだと、とらえることもできる。

これが、アートやクリエイティブな事をやることによっても、この『多角的に見る』が、学べる。

要は、想像力や創造力。


世の中の傾向で、単品的、短絡的、直接的、一方的、インスタント思考・・・など、

ずっと前から、じっくり、物事を考えるという行いが、

普段の生活でも、教育現場でも、おろそかになっているような氣がする。


なので、多方面から見るという事が、あまり出来てない。


子ども達も、大人も、その状態が続くと、何か問題が起きるたびに、インスタントに、物事を直接的に見てとらえてしまう癖が付いてしまっている。

だから、友達同士のトラブルやケンカが、長引いたり、次々と、争いも後を絶たない。

だから、SNS上での、寄って集っての集団攻撃も生まれる。


今、イジメや暴力が、家庭や学校現場、職場でも、絶えず起こるのは、人間の思考や見方が、単品的、直接的、一方方向、短絡的、インスタント的になっているからだと思います。


例えば、クラスで子ども同士のケンカで暴力が、あったとします。

A君は、普段、さほど問題児では、ないとして、B君は、普段から、嫌事などをふっかけて相手を不快にさせる要するにケンカを仕掛けてくるタイプだとします。

(※あとで、B君の立場についても説明)

これは、一つの例としての、例えばの話しです。

こういう場合、毎日の学校という、狭い、逃れられない環境に身を置く子ども達にとって、こんな人間関係は、ストレスの何ものでも無い。


そこで、ケンカをふっかけられたA君には、2つの対応の道がある。

いつも、横に来て、嫌なことをいってくるので、

①とうとう堪忍袋の緒が切れて、B君を殴ってしまった道。

それで、2人の取っ組み合いのケンカが始まり、ケガをさせてしまうという大事になる結末。

結局、手を出した方が、悪いとなります。

そして、その日は、治まっても、根本の火種は、消えていない上に、B君の『人を不快にさせる言動は、続いている。』

その後も、言い合いや、争いは、絶えない。


<もう一つの道>↓

②A君には、物事を多角的にみる癖があり、人を直接的に見ず、横からも、後ろからも、見て判断する子だとしよう。

直接的な判断であれば、「意地悪な事を言われたぁ~、腹立つ!」と感情的になるところだが、

多角的にとらえることができる子は、嫌なことを言われた時、「なんで、そんなことを言うの?」と切り返す事が出来る。

『なぜ?どうして?』が、先に来る。

俯瞰的に、見て、全体像を見ようとする癖が付いているからだ。

そう、『なぜ?』と考えるからだ。

そして、とりあえず、こう言う。↓

「なんで、そんなことを言うの?ボクは、そんなこと言われると、嫌だなぁ、傷つくよ!」と。


すると、相手のB君は、自分が、人に対して、意地悪な事を言っていると判断して、ストップする。

子どもといえども、自分が、意地悪であるなんて認めたくないからね。

たいがい、嫌なことを言っている人は、氣げんよくしている人を下げて、無意識に

エネルギー泥棒をしているだけのことで、あまり、自覚が無いのが多い。


B君も、毎日が忙しくて、自分の心地よい時間が、とれないのかもしれないし、

また、何か聞いてくれる人が、欲しくて仕方ないけど、そんな人が、いないのかもしれない。

とにかく、本当の自分が、発揮できていない環境の子かもしれないし。

ある意味、社会の被害者かもしれない。


そして、そんなことがあっても、A君は、B君を全否定しない。

なぜなら、良いところも、チラホラ、垣間見えるから、それはそれで、理解することが出来るからだ。

『自分は、B君は、苦手なので、仲良くないが、こういう○○なところが、あるので、それについては、すごいなぁと思うよ』と相手を別の意味で、認めることができる。

その上、悪いところは、悪いねと、ハッキリ言える。

これが、物事を多角的に見れるということ。

この対応と思考が、②つめの道のパターンです。


日本で住んでいる人1億2000万人と言われている。

それだけの考え方や思考、育った環境が、それぞれ違うので、仲良くしましょうなんて、簡単にいうのも酷がある。

そんな価値観の全く違う人とは、仲良くなんてなれません。

だからと言って、争いは、不幸の結末になる。

う~ん。😥

なので、どうすれば良いかと言うことになる。


物事や出来事を多方面から見るという事が、大切に。

そして、できれば、その背景も見てみる。

ああ~だからからかぁ~、理解も出来るよなぁー。」なんてね。

また、違う面の才能も見えて、相手を認めることもできるようになる。

そしたら、全体が見えてくるので、あまり深く悩むことではないなとか、

解決方法も簡単になることも。


それで、この多角的にとらえる』というのは、心のゆとりと正比例。

もし、子どもが、心に、あまり、ゆとりがないと感じたなら、

じっくり、その子の話しを、大人が、氣がすむまで聞いてあげる。

なので、大人にも、心のゆとりが必要になってくる。


現代社会は、精神的に悪循環が多く、負の連鎖が続いています。

どこかで、この川の流れを変えないと、永遠に続く。

そろそろ、働き方改革が、迫られてきますね。

これは、他人がしてくれる事ではなく、自分自身で改革することになるかな。


そして、心のゆとりができたなら、物事を多方面で、とらえたり、違う見方もできるようになります。

「な~んだ、そういうことか、それだったら、ピンチではなく、チャンスだね!」なんてことも、多々、起きてきますよ。


これが身につくと、子ども達も、少しは、心が樂になると思う。


そこで、私のアート教室では、色々と無意識に、この全体を見る訓練で、『物事の取り巻く景色』の仕掛けを所々してあります。 😊

記事の冒頭にも書いた、『世界観』の仕掛け。

例えば、季節ごとに変える、壁面環境。

誰でも、触って動かせて、想像力を働かせることができる、世界観を意識した、見本の工作群たち。

今月は、こんな感じ↓

そして、12月になると、壁面は、クリスマスバージョンになります。

小さな教室なので、私達の出来る範囲内で、無理せず、樂しくやってます。😊


ある時は、ヨーロッパのお店の町並みや、車と道路、海や砂浜、海の底の魚たち、竹藪、満開になるサクラの花木、お正月、お祭りや花火、秋の風景、滝、森の中、宇宙、南極のペンギン・・・等々。

今まで、数え切れないくらい壁面や工作で、世界観を見えるようにしてきました。

まぁ~、よくやってきたなと自分でも感心します。😊(自分褒め)


また、一般の子ども達には、2019年まで、続いていた『羽ノ浦町こどもフェスティバル』での催し物は、半年をかけての準備で、羽ノ浦中とのコラボで、いつも、テーマを決めて、工作で世界観を樂しんでもらってました。

懐かしいなぁ~。

その時は、いつも、校長をはじめ、羽中PTAの皆さんは、全面的に、私達のやりたいように、させてくれました。😊

最後のフェスティバルは、思い出深い『子ども達が、それぞれの国のロケットで、円盤と飛ばし、宇宙でドラゴンや、悪い宇宙人のUFOなどを、打ち落として遊ぶ工作』でした。

もう、銀河戦争は、これで終焉。 (^0^)

ホームページでも、この様子を紹介していますので、興味のある方は、ご覧になってみてください。


この上の写真では、上手く伝えられないのですが、

物事を単品ではなく、それに関わる背景や環境の全体性も配慮して、教室内を工夫しています。

ですが、

肝心の子ども達は、そんな意図があるなんて、氣づいてはいませんが・・・。 😊

教室内の空間を樂しんでいる様子。

知らぬ間に、少しずつ、インプットされてるのではないかと思いますね。

なんでも、自然に身につく方が、入りやすいかな?


<柿ゆずのデザート>

食べてみると、「おいしぃ~!」と言って、お替わりする子も、結構いました。

お母様にも味見してもらったりして、好評でした。

中には、柿と、わかって食べず嫌いな子もいましたが、フルーティーな味なので、味見した人には、好評でした。

とりあえずは、この手作りデザートは、大成功!


そんなこんなで、一週間は、あっという間。

速いですねぇ~。


本日も、おばあさんのつぶやきブログを見てくださりありがとうございました。

それではまたね!

<そろそろ、秋の山登りがしたくなりました。>